「大谷翔平がNPBで日本最速165km/hを出した」という事実は有名です。
ただ、この記録が伝説として残る理由は、数字の派手さだけではありません。
打者として試合に入り、試合の最後に投手として締める。
しかもその切り替え直後、相手打者・吉村裕基への初球で“日本最速”が出る。
この一連が、二刀流を「才能の足し算」ではなく「実戦で成立する仕組み」へ押し上げました。
165km/hが出た試合は2016年CSファイナル第5戦

大谷翔平が日本最速165km/hを計測したのは、2016年のクライマックスシリーズ(パ・リーグ)ファイナルステージ第5戦です。
舞台は札幌ドームで、相手は福岡ソフトバンクホークスでした。
この試合で大谷は「3番・DH」で先発出場します。
そして9回、チームがリードしている状況でDHを解除し、投手としてマウンドへ上がりました。
先発でも、一般的なリリーフでもありません。
「最後を締め切る」守護神として登板したことが、この165km/hを“意味のある速度”にしています。
DH解除は“演出”ではなく勝利の手段です
DH解除は、見映え以上に試合運用へ影響する決断です。
解除した瞬間から、投手が打順に入り、交代の自由度が変わります。
それでも大谷を9回に投入したのは、勝利に必要な1イニングを最も確実に取りにいく判断だったからです。
球速のための演出ではなく、勝つための設計がありました。
相手バッターは吉村裕基|165km/hは“初球”で出た事実
この出来事を一段深く面白くするのが、相手打者の存在です。
日本最速165km/hが最初に計測された相手は、ソフトバンクの吉村裕基でした。
しかも重要なのは、「吉村への初球」で165km/hが出た点です。
仕上げてから出た最大出力ではなく、役割を切り替えた直後に“勝負の初手”として165を投げ込んだ。
ここに二刀流の難しさと価値が凝縮されています。
緊張が最高潮に上がった直後の“最速更新”です
9回の空気は、時間が進むほど重くなります。
その中で大谷は先頭打者を抑え、場内の温度を一気に引き締めました。
そして次の打者・吉村への初球で165km/h。
「締めるための投球」と「最速更新」が同時に起きたことで、この場面は記録以上の物語になりました。
なぜこの165km/hは“二刀流が完成した速度”なのか

この165km/hは、腕を振って出ただけの数字ではありません。
試合中の役割切り替えが破綻せず、機能した結果です。
二刀流の本質は、投げられる・打てるという能力の並列ではなく、
それぞれのモードを「試合の中で」切り替え、同じ精度で実行することにあります。
この場面では、次の4つが同時に成立していました。
- ルール運用(DH解除)
- 起用判断(守護神として投入)
- 身体準備(打者で出場しながら投手の出力を出す)
- メンタル切替(最終回の緊張下で勝負球を投げ切る)
どれか一つでも欠ければ、165は“危うい速球”になり得ます。
しかし実際は、試合を終わらせるためのボールとして働き、結果も伴いました。
だからこそ、この165km/hは「二刀流という概念が実戦で完成した速度」として残っています。
165は一球で終わらないから強いです
最速が一度きりだと、偶然や上振れの印象が残ります。
しかしこの登板では、165km/hが複数回計測されました。
再現される最速は、ただの記録ではなく「使える武器」です。
この再現性こそが、大谷翔平の二刀流が“現象”ではなく“戦力”であることを証明します。
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日ハム時代大谷翔平日本人最速165kmまとめ
大谷翔平がNPBで日本最速165km/hを計測したのは、2016年CSファイナル第5戦で、3番DHとして出場した後にDH解除から守護神として9回に登板した場面です。
そして、その165km/hが最初に出た相手バッターは、ソフトバンクの吉村裕基で、しかも“初球”でした。
役割切り替えが試合中に発生し、ルール運用・起用判断・身体準備・メンタル切替が同時成立したからこそ、165km/hは球速記録を超えた価値を持ちます。
この数字は、速さそのものではなく、二刀流が実戦で機能した証明として、今も強く語り継がれています。

