中田翔選手と大谷翔平選手は、北海道日本ハムファイターズで同じユニホームを着て戦った関係です。
当時の中田選手はチームの「4番」を担い、勝負を背負う立場でした。一方で大谷選手は入団直後から「二刀流」で注目を集め、話題の中心になりました。
では中田選手は、日ハム時代に大谷選手をどう見ていたのでしょうか。
結論はシンプルで、最初は“本音の反発や焦り”がありつつも、実際にプレーを見て“規格外”を認め、最後は“努力も含めて尊敬する後輩”になっていった、という流れです。
以下では、発言やエピソードから「感情の変化」を時系列でわかりやすく整理します。
中田翔は大谷翔平の入団当初、どう感じていたのか?

入団直後の大谷選手は「二刀流、二刀流」と大きく取り上げられました。
その状況を、チームの4番を打つ中田選手は内心穏やかに見られなかった面があります。
ポイントは“大谷本人への否定”というより、立場上の自然な反応です。
主役が増えるほど、4番の存在感や責任は相対的に揺れやすくなります。勝負を背負う選手ほど、そこに敏感になります。
つまり中田選手の最初の感情は、後輩への嫉妬というより「4番としての矜持」と「チーム内の熱量」による反発だった、と捉えると理解しやすいです。
“4番の矜持”が強いほど、最初は引っかかりやすいのか?
はい。4番は「結果がすべて」の役割になりやすいからです。
周囲が「二刀流の物語」に熱狂すると、4番の仕事が“地味に見える”瞬間が生まれます。
そのズレが、まず違和感として出ます。
ただしこの違和感は、長く続きませんでした。理由は次の項目です。
中田翔が大谷翔平を“規格外”だと認めた決定打は何か?
中田選手が一気に印象を変えたのは、実際に「投げる大谷」を見た瞬間です。
周囲が騒ぐだけでなく、球の速さや質が想像を超えていたからです。
トップ選手は、噂ではなく“実物”で判断します。
そして実物が規格外なら、認めるのも早いです。ここが中田選手のリアルさでもあります。
“すごい”が確信に変わるのは、同じグラウンドで見た時なのか?
そうです。
同じ球場で、同じ空気の中で、同じ相手と戦う姿を見た時に「次元の違い」が体感になります。
この体感が入ると、感情は“反発”から“理解”へ変わります。
中田翔は大谷翔平の打者としての凄さもどう見ていたのか?

大谷選手の評価が難しかったのは、投手として注目されながら、打者としても超一流の数字を出していた点です。
中田選手はこの“両立の異常さ”を、かなり早い段階から言語化しています。
さらに面白いのは、当時の中田選手が「ホームラン数」で追い抜かれそうになる場面で、素直に焦りや本音を出していることです。
これはネガティブではなく、勝負師として健全です。競争心があるからこそ、チーム内の基準が上がります。
嫉妬や焦りがあったのに、最終的に関係が良かったのはなぜか?
理由は2つあります。
1つ目は、大谷選手が“結果で黙らせるタイプ”だったことです。
2つ目は、中田選手が“大谷の努力や性格”を身近で見て、評価が「才能」だけから「人間全体」へ移ったことです。
勝負の世界では、才能は驚きで終わります。
しかし努力と姿勢は、尊敬として残ります。
中田翔は大谷翔平の「修正力」をどう評価していたのか?
日ハム時代の中田選手は、大谷選手の凄さを「修正能力」に置いて語っています。
ここが非常に重要です。
ホームランや球速は派手ですが、長いシーズンで本当に価値が出るのは「落ちた時に戻せる力」です。
若い時期に、いくつも修正の引き出しを持つ選手は希少です。中田選手はそこを“異次元”として見ていました。
なぜ「修正力」は同僚からの評価が高くなりやすいのか?
同僚は、数字だけでなく“日々の変化”を見ているからです。
調子が落ちた日、練習で何を変えたか。翌日どこが戻ったか。
そこにプロの凄みが出ます。
つまり中田選手の評価は、表面の結果より“プロセスの再現性”に寄っていたと言えます。
中田翔は大谷翔平の人柄をどう見ていたのか?
後年の発言では、中田選手は大谷選手の性格についてもかなり肯定的に語っています。
人なつっこさ、良い性格、裏で努力しているところを見ていた、という視点です。
この「裏を見ている」という言葉は重いです。
近くにいる人ほど、派手さより“生活と準備”を見ています。そこが信頼に変わった時、評価は揺れません。
“弟分”として可愛がっていた関係は、どこで分かるのか?
象徴的なのは、MLB移籍のタイミングでのやり取りです。
中田選手が大谷選手にグローブとバットを求め、きちんと用意して置いてくれた、という話があります。
こうした細部は、関係性が良くないと生まれにくいです。
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中田翔日ハム時代大谷翔平をどう思っていたのかまとめ
中田翔選手が日ハム時代に大谷翔平選手をどう思っていたかを整理すると、次の流れになります。
・入団当初は「二刀流の騒がれ方」に4番として引っかかる感情があった
・ただし実際に投球を見て、すぐに“規格外”として認める方向へ傾いた
・打者としても脅威になり、本音の焦りや競争心が出る場面もあった
・それでも大谷の「修正力」「努力」「人柄」を近くで見て、評価は尊敬として固まった
・最終的に“弟分として可愛がりつつ、年下でもリスペクトする存在”になった
この変化は、人間関係の美談ではなく、プロの世界のリアルでもあります。
最初は立場上ぶつかりやすい。けれど本物を見たら認める。努力と人格を見たら尊敬に変わる。
中田翔という勝負師の視点だからこそ、大谷翔平の凄さがより立体的に伝わってきます。
