不可説不可説転とは?仏教で登場する自然数の最大値に迫る!

こんにちは。今回は、仏教で登場する自然数の数詞の中で、最大のものとされている「不可説不可説転」という言葉について、ご紹介したいと思います。

この言葉は、華厳経に出てくるもので、悟りの功徳の大きさを表すために使われています 。

しかし、この数はどれくらい大きいのでしょうか?実際に計算してみると、驚くべき結果が出ます。

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不可説不可説転の定義

不可説不可説転という数は、倶胝(くてい、千万(107))から始めて、それまでに登場した単位をすべて使って数が表現できなくなったときに、新しい単位を作っていく方法で定義されます。

この方法を上数といい、2乗すると次の単位になるため、二重指数関数に当たる増え方となります。

具体的には、次のような式で表されます。

1不可説不可説転=107×2122=1037218383881977644441306597687849648128≒ 103.7×1037

この式を見るとわかるように、不可説不可説転は非常に大きな数です。実際には、宇宙の年齢や原子の数など、身近なものと比較しても桁が桁違いです 。 

このような数を考えることは、人間の理解を超えるものと言えるでしょう。

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不可説不可説転の意味

では、なぜ仏教ではこのような大きな数を使って悟りの功徳を表したのでしょうか?

その理由は、悟りの功徳が無限であることを示すためです 。

仏教では、悟りとはすべての苦しみから解放された状態であり、その状態に至った者は仏と呼ばれます。

仏は無量無辺の智慧と慈悲を持ち、すべての衆生(生きとし生けるもの)を救済することができます。

そのような仏の功徳は、人間が計算や比較できるものではありません。そこで、仏典では不可説不可説転という最大限に近い数を使って、仏の功徳を表現したのです 。

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不可説不可説転とはまとめ

今回は、仏教で登場する自然数の最大値とされている「不可説不可説転」という言葉についてご紹介しました。

この言葉は、華厳経に出てくるもので、悟りの功徳の大きさを表すために使われています 。

この数は、二重指数関数に当たる増え方で定義されており、実用的なものではありません。

しかし、この数は、仏教では悟りの功徳が無限であることを示すために使われており、人間の理解を超えるものとされています 。

不可説不可説転という言葉は、仏教の深い思想を知るための一つの手がかりとなるでしょう。

皆さんも、この言葉に興味を持って、仏教についてもっと学んでみてはいかがでしょうか?

最後までご覧いただきありがとうございました!

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